人のことを「どう見るか?」ってすごく大事

たとえば誰かのことを、
「あの人ってケチだよね」とか、
「セコイよね」っていう見方を
したことはないですか?
きっと誰もが一度や二度は
あるんじゃないかな~?と。
(もちろん私もあります)汗
で、そんなときって、
その「ケチさ」や「セコさ」を
こう嫌うというか。
みっともないとか、
恥ずかしい、みたいな、
見下す・さげすむ感情も含んだ、
いわゆるジャッジ、なんですよね。
・・ちなみに、
ジャッジはダメ!とか、
良いだの悪いだの、ってことを、
言いたいわけじゃなくて。
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そもそも「ケチ」とか「セコい」
っていう概念が宇宙にはないんです。
でも、誰かのことを、
「ケチな人」とか、
「セコい人」って見たときに、
そのエネルギーって実は、
自分の中につくり出すんですね。
で、自分も誰かに対して、
ケチな態度で接するようになる。汗
っていうと何か
ちょっとドキッとしませんか?
ちなみに、「ケチ」や
「セコさ」だけじゃなくて。
「ウソつく人だよね」とか、
「約束破る人だよね」とかも同じ。
そうやって、
相手の中に見たもの、
認識したものは全部、
自分の中につくるんです。
で、いつか自分が
ウソをつくことになるし、
約束を破ることになる、っていう。
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ケチだの、セコいだの、
ウソつきだの、約束破るだの、
人の「ここがちょっとねぇ・・」
みたいな見方、ジャッジは結局、
自分のこともジャッジする
ことになるわけで。
それをやってたら、
間違いなく生命エネルギーは、
ダウンします。
逆に、相手のことを、
「素敵だな」
「素晴らしいな」
っていう見方をしたら?
相手はさらに
素敵になっていくし、
自分の中にもそれをつくり、
(というか内側から溢れ)
生命エネルギーも
アップするわけです。
だから、
人のことを「どう見るか?」
ってすごく大事で。
(もちろん自分のことも
どう見るか?って同じく大事)
結局、「どう見たか?」を、
まんま自分が味わう、っていう。
そんなしくみです。
生き方シフトしませんか?
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お読みくださり
ありがとうございます。